第4回 マザーツール、オシロスコープを使いこなす その1 適切な性能のオシロスコープを選ぶ
第4回 マザーツール、オシロスコープを使いこなす
その1 適切な性能のオシロスコープを選ぶ
~そのオシロ、性能は十分ですか?~
第一歩は必要十分な性能のオシロを選ぶ
「オシロの帯域はクロック周波数の10倍あれば良い」理論は正しいのか?
「先輩からは『クロック周波数の10倍の周波数帯域があればOK』と教えられましたが…果たして本当なのでしょうか?」
時々オシロユーザーからいただく質問です。
結構まかり通っている話なのかもしれません。
オシロスコープは時間変化を測定するものですが、その性能は周波数帯域で表されます。
職場や学校にはいろいろな性能のオシロスコープがあると思います。
測定したい信号にはどのような性能のオシロスコープを選べば良いのでしょうか?
信号と周波数成分の関係
信号はいろいろな周波数成分に分解できます。
図1のように方形波は基本周波数成分、3倍の周波数成分、5倍の周波数成分…に分解できます。
時間軸で表示する計測器がオシロスコープやレコーダー、周波数軸で表示する計測器がスペクトラム・アナライザやFFTアナライザです。
さて10倍ルールが正しいのかどうか調べてみましょう。
周波数帯域30MHzの機器で検証しました。
図2は周波数50kHz、立ち上がり時間2.6µsの方形波の周波数成分です。
FFT機能で周波数解析をすると、9次高調波成分 (450kHz) は基本波成分 (1kHz) の1/50程度まで減衰しています。
そこまでは捕捉する必要があるとしましょう。
周波数帯域が10倍の500kHzのオシロスコープを使うとすると、450kHzの第9次高調波成分はまあまあ捕捉できるはずです。
10倍ルールは通用しそうです。
それに対して、周波数50kHzのまま、立ち上がりエッジが高速化 (280ns) した場合が図3です。
30次以上の高調波成分まで1/50以上のレベルを保っており、より高い周波数帯域のオシロスコープが必要です。
後述しますが、パルス形状の劣化を抑えるためには5MHzの周波数帯域が必要になります。
つまり「オシロの帯域はクロック周波数の10倍あれば良い」理論は正しくないことになります。
そして必要な周波数帯域は信号の立ち上がり時間に依存します。
オシロスコープの周波数特性&パルス応答特性
オシロスコープの電圧感度の確度は、おおむね1~2%です。
これはDC確度で直流での確度です。
周波数特性はほぼ一定ですが、周波数が高くなると感度が低下し、図4のように感度が-3dB (約70%) に低下した周波数が周波数帯域と決められています。
周波数帯域を超える周波数でも振幅はさらに低下するものの通過できます。
振幅が正しく表示される周波数は周波数帯域の30%程度です。
正弦波の振幅を測る場合は周波数帯域の30%程度までで使用します。
周波数特性はガウシャン特性に近似しており、これはパルス応答特性を考慮したものといえます。
図5のように入力パルス信号の立ち上がりを速くしていくと、表示結果との乖離 (かいり) が起こります。
乖離、つまり、ずれが許容できる範囲で使えば良いわけです。
信号波形だけを正確に測定する場合は過不足のない周波数帯域が必要
図6の青線のように信号の周波数成分をカバーできる周波数帯域が必要なのはいうまでもありません。
しかしオシロスコープは入力された信号を表示するだけではありません。
内部で発生したノイズも表示します。
緑線のように過度に広い周波数帯域ではノイズが増えてしまいます。
このノイズはオシロスコープの周波数帯域が広いほど多くなります。
図7はFPGAの10MHzクロックを帯域制限機能で周波数帯域を変えて観測した例です。
周波数帯域1GHzでも250MHzでも波形の形状は変わりません。
1GHzではノイズにより波形がやや太くなっています。
このケース、波形のみの観測であれば250MHzで十分ということになります (さすがに20MHzではほとんど10MHzの基本波成分しか残らないので不適切です)。
USBやHDMIなどのコンプライアンス・テストでは規格でテスト用オシロスコープの周波数帯域が決められています。
周波数帯域が広いことでノイズを取り込んでしまい、試験に不合格になる恐れがあるからです。
信号の周波成分を超える高周波の「外来ノイズ」にも対応するには
信号だけを観測するとは限りません。
誤動作の原因になる意図しない「外来ノイズ」の有無を確認したいこともあります。
図8のようにオシロスコープの周波数帯域を超える高周波のノイズがあったとしても、表示されないか、または振幅は本来よりも小さくなってしまいます。
高周波ノイズまでカバーできる周波数帯域があればキャッチできます。
図9は電子ライターの放電による高周波の空間ノイズを発生させた例です。
周波数帯域1GHzの時は大きな振幅のノイズが確認できますが、帯域制限250MHzでは振幅が小さくなり、起こっていることを正しく捉えることができませんでした。
結論として
- 信号をひずめることのない周波数帯域は最低限必要
- 過度な周波数帯域はノイズを増やす
- 高周波の異常信号が想定される場合にはより高い周波数帯域のオシロスコープで確認する
現実的には最低限の周波数帯域は必須の上で、場合によってはより高い周波数帯域のオシロスコープを、周波数帯域を制限して使用すると良いでしょう。
実際にお客さまからの機器選定依頼時に、下記の要望がありました。
- オシロスコープを数多くそろえたい
- 予算には限りがあり、余裕のある性能の機器は厳しい
それに対し、私の提案はこちらです。
これで予算を有効活用できます。
- 最低限、信号をひずめない周波数帯域を厳守
- いざという時に使える高帯域の機種を1台確保する
最低限の条件~信号をひずませることのない最低限の周波数帯域は?
最低限必要な周波数帯域はどうなるのでしょうか?
また手持ちのオシロスコープが対応できる信号はどれくらいなのでしょうか?
オシロスコープのガウシャン特性そのものではありませんが、近いものに図10のRC回路があります。
この周波数特性と立ち上がり特性の関係を調べてみましょう。
ステップ信号を入力した時の出力信号の立ち上がり時間 (信号レベルが振幅の10%~90%まで変化する時間)
Tr=2.2RC・・・(1)
ローパス・フィルターとしての遮断周波数 (-3dB)
fc=1/2ϖRC・・・(2)
LTSpiceで動作を確認すると、R=100kΩ、C=100pFでは理論通りに
立ち上がり時間 Tr=22us
遮断周波数 fc=15.9kHz
です。
ここで(1)、(2)からRCを消去すると次の関係式が得られます。
この関係はオシロスコープにおけるガウシャン系でもほぼ同様で
となります。
周波数帯域500MHzでは立ち上がり時間は0.7ns (700ps)、1GHzでは0.35ns (350ps) になります。
オシロスコープにステップ信号を入力すると、RC回路同様に図11のようにエッジが鈍ります。
測定できる信号はこの立ち上がり時間より遅い信号になることは明らかですが、正確に測定できるめどは、どれほどになるのでしょうか。
ガウシャン系では入力信号の立ち上がり時間、オシロスコープの立ち上がり時間、表示波形の立ち上がり時間との間には次の関係があります。
オシロスコープの立ち上がり時間が信号の立ち上がり時間より4~5倍速ければ誤差は3%以下になります。
周波数帯域が500MHzのオシロスコープの立ち上がり時間は0.7nsなので、おおむね立ち上がり時間2.8nsまでの信号であれば誤差を抑えて測定できます。
実際の製品の周波数特性は図11のように多少のうねり、凸凹があり、ステップ応答では多少のオーバーシュート/アンダーシュートがあります。
これはアベレーションと呼ばれますが、この4~5倍ルールを守れば消えてしまうので問題無いといえるでしょう。
図12は周波数帯域100MHz~1GHzのオシロスコープの守備範囲を示します。
水色の領域が信号を鈍らせない範囲になります。
測りたい信号の立ち上がり時間をデータシートなどで見繕って適切な周波数帯域を選びましょう。
参考:DDR測定や高速シリアル信号用の高速オシロの特性は考え方が異なる
最近ではDDRや高速シリアル信号に対応した高速オシロスコープ (おおむね周波数帯域4GHz以上) が登場していますが、周波数特性の考え方が異なります。
図13のように周波数帯域まで特性がフラットで、それ以上は急峻 (きゅうしゅん) に減衰する理想フィルターです (ブリックウォール特性と呼ばれます)。
この特性は決められた立ち上がり時間までのパルスをより正確に表示できるメリットがありますが、限界を超えると表示結果にリンギングを生じます。
つまり立ち上がり時間が分かっている信号を測定するコンプライアンス・テスト (相互接続性試験) などで使われます。
さらにコンプライアンス・テストでは測定器の個体差はあってはなりません。
そのため高速オシロスコープではDSPを用いてフラットな周波数特性を実現しています。
汎用オシロではどのような信号が測定されるか分からない (だから汎用) ため、ガウシャン特性が向いていると思われます。
これまでの話で波形測定に必要な周波数帯域は理解できたと思います。
次回はオシロスコープを選んだ後、「オシロスコープの持つパフォーマンスを最大限引き出すためのテクニック」を説明します。
執筆者
渡邊 潔氏 (ワタナベ計測コンサルティング代表)
東京農工大学工学部電子工学科卒業後、計測器メーカーに入社。
電子計測のコンサルティング営業、アプリケーションエンジニアなどを経験後、 計測コンサルタントとして計測器の選定アドバイス、使いこなしセミナーなどを年間数10回実施。
主に電機メーカーのエンジニアへ向けたセミナーは累計500回以上、受講者は6000人を超える。
また、技術系雑誌のライターとしても記事の執筆を手掛け、著書も多数。