第6回 マザーツール、オシロスコープを使いこなす その3 オシロの性能を引き出す適切な設定

第6回 マザーツール、オシロスコープを使いこなす
その3 オシロの性能を引き出す適切な設定
電圧軸・時間軸・トリガの三要素を使いこなす(後編)
~同じオシロなのになぜ人によって結果が違う?~

デジタル・マルチメーターは誰が測っても結果は同じですが、同じオシロスコープを使っていても人によって結果が違う事があります。
正しい測定結果を得るために、今回は電圧軸と時間軸の適切な設定と目的の信号をキャッチするためのトリガの基本をお話しします。

前回の実験でスイッチのチャタリングを調べてみましたが、サンプリング・レートを変えることで波形データの信頼性に大きな影響を与える場合があることがわかりました。
今回は最適なサンプル・レートの決め方を考えてみます。

サンプリング・レートは常にチェックする

図1 スイッチング電源の信号成分

単純な正弦波以外の信号にはいろいろな周波数成分が含まれています。

例えばUSB充電器の出力には図1のように

  • 直流成分
  • 低周波成分
  • 高周波成分

が含まれています。

前回の解説で、DC (直流) 成分とノイズ成分の電圧の大きな差はACカップルやオフセットで対応できることがわかりました。
時間軸設定は適切に行わないと高周波成分を取りこぼす恐れがあります。

デジタル変換の基本、標本化定理

図2 オシロスコープの動作を決める標本化定理

図2のようにさまざまな周波数成分を持つ信号をデジタル信号に変換するには、最高周波数成分の2倍以上のサンプリング周波数が必要です。
これが標本化定理です。
オシロスコープでは時間軸の値やレコード長の設定でサンプル・レートが変化するため、常に確認することが大切です。

オシロスコープの場合、周波数帯域の2倍のサンプル・レートがあれば良いのでしょうか?
確かにそのような仕様のオシロスコープもあります。
しかし、オシロスコープでは周波数特性が急峻 (きゅうしゅん) でないため、帯域を超える信号成分も存在します。
そのため、サンプリング周波数は余裕を持って周波数帯域の5倍はほしいところです。

パルス信号を測るには波形捏造 (ねつぞう) に要注意

今日ではパルス波形を観測する機会が多いと思います。どの程度のサンプル・レートが適切なのでしょうか?

立ち上がり時間が1nsのエッジをサンプルする場合を考えてみましょう。
サンプル・レートを1GS/s (サンプル間隔1ns) とします。
サンプル点は信号とは非同期なのでどこをサンプリングするかわかりません。

たまたまサンプル点が図3のようにエッジの10%、90%点になると立ちが上り時間は正しく1nsになります。
ところが図4のように立ち上がり時間が1.6nsになることもあります。
このように測定結果は安定しません。
さらにオシロスコープではサンプル間のデータを補間アルゴリズムで作り出すため、図5のように一番速いエッジ部分に数ポイントのサンプルが必要です。

図3 一番速いデータをサンプリング

図4 一番遅いデータをサンプリング

図5 適切なサンプル・レート


オシロスコープで約1nsで立ち上がるエッジを取り込んで確認してみましょう。

図6は時間軸200ns/div、サンプル・レート5GS/s(サンプル間隔 0.2ns) で取り込んだ例です。
通常はサンプル点を補完で結んだラインで表示されます。

図6 5GS/sで取り込んだ例

図7にて表示をドットに変えてみると、立ち上がり部分に数ポイントのサンプルが確認できます。
図6の補間結果も適切と思われます。

次に時間軸を20倍遅くして4μs/div、サンプル・レートを1/8の250MS/s (サンプル間隔 4ns) で取り込んだ例が図8です。
サンプルが粗くなり、立ち上がりエッジ部分にサンプルはありません。LからすぐにHになっています。

図7 5GS/sでドット表示

図8 250MS/sにてドット表示

図9 補間フィルターの悪影響


通常のライン表示では、図9のように立ち上がりエッジ前後に振動が確認できますが、本当の波形ではありません。
悪く言えば「波形の捏造 (ねつぞう)」です。これは補間フィルターが作った波形です。

多くのオシロスコープでは時間軸を変えるとレコード長は固定のまま、サンプル・レートが変化し、最高のサンプル・レートで動作するとは限りません。
(最近では時間軸を変えるとサンプル・レートとレコード長が連動して変わる機種もあります。)

レコード長を意識的に変えて対応する

図10 適切な時間軸パラメータの決め方

中級クラス以上のオシロスコープでは任意にレコード長を変えることが可能なので、記録したい時間を適切なサンプル・レートでデータ化することができます
そのためには図10のステップで設定することをおすすめします。

  1. 時間軸を速くなる方向にまわして一番速い変化を確認します。
  2. その速い変化数ポイントのサンプルが得られるサンプル・レートを決めます。
  3. レコード長を変えて、必要なサンプル・レートになるようにします。

図8の4μs/divの場合、レコード長を10倍の10k⇒100kとすれば 40μs=0.4ns×100k
サンプル・レートは10倍の250MS/s⇒2.5GS/sになります。

または10k⇒1M、時間軸を20μs/sにしますと 200μs=0.2ns×1M 5GS/sを実現できます。

前回のUSB充電器のノイズの設定を工夫して測ってみる

サンプル・レートの重要さを理解したうえで、USB充電器のノイズを考えてみましょう。

オシロスコープの初期設定のレコード長 (ここで使用したオシロスコープでは10k) で商用周波数成分 (100/120Hzおよび高調波) を取り込むため、時間軸を4ms/divに設定しました。
サンプル・レートは250kS/s (サンプル間隔4μs) になります。

4ms×10 (目盛り分)÷10k=4μs
画面右下にも 250kS/s と表示されています。

商用周波数由来のノイズには十分なサンプル・レートですが、スイッチング電源の周波数は通常数100kHz、その高調波成分はもっと高い周波数に及びますのでこのサンプリング・レートでは不十分です。

図11のように自動パラメータ計測でノイズのピーク-ピーク電圧を表示すると50mV前後を示します。
また測定ごとに値は常に上下し安定しません。サンプル・レートの不足は明らかです。

レコード長を2000倍の20Mに変えてみます。
サンプル・レートは2000倍の500MS/s(サンプル間隔2ns)にしました。
図12のようにピーク-ピーク電圧はほぼ2倍になりました。測定結果も安定しています。

図11 サンプル・レート2.5MS/sでの測定結果

図12 サンプル・レート500MS/sでの測定結果

適切な設定のまとめ~これを守ればオシロスコープの実力を発揮できる

オシロスコープの能力を最大限に発揮させてより正確な測定をするためには図13のように

  1. 適切な周波数帯域のオシロスコープを選ぶ
  2. 電圧感度はなるべく画面内で大きくする
  3. 一番速く変化する部分に数ポイントのサンプルを取る
  4. そのサンプル・レートを維持できるレコード長を選ぶ

これらをすべて満たしましょう。

図13 これだけ守ればより真値に近い波形が得られる

欲しいポイントを捕まえるトリガ

オシロスコープはA/D変換されたデジタル・データを波形メモリに垂れ流しでメモリに記憶し続けます。
図14のように取り込みたい信号が見つかったら取り込みを停止しメモリに残す、それがトリガです。

図14 捕まえたい信号を記録するトリガ

繰り返し信号を観測するときは図15のように特定のポイントを見つけ、取り込み⇒表示を繰り返せば安定して観測できます。

図15 繰り返し信号を安定に表示

信号を見つけ出すトリガにはいくつかの種類がありますが、まずは基本のエッジ・トリガを押さえましょう。

基本のエッジ・トリガ

図16 エッジ・トリガの二要素

アナログ・オシロスコープの時代から装備されているトリガの基本です。
図16のようにトリガを決める要素は2つです。

  • トリガ・レベル つまみなどで設定するトリガ電圧
  • プラス(立ち上がり)/マイナス(立ち下がり)のスロープ

図16のようにトリガ・レベルつまみで設定したトリガ・レベル電圧を上に切るか、下に切るか、それだけの条件です。

さらにトリガには図17のように

  • トリガ・ソース…トリガに使う信号の選択
  • トリガ・フィルター…トリガの信号からDC成分やノイズを取り除く

のメニューがあります。

図17 トリガの付属回路

図18は周波数の高いノイズが乗った信号の例です。ノイズがエッジとして検出されてしまい、トリガが安定しません。
そこで図19ではトリガ信号からノイズを除くためにHF (High Frequency:高周波) リジェクションのフィルターを選びます。

図18 ノイズによりトリガが不安定に

図19 トリガ信号から高周波ノイズを取り除く


トリガ信号から高周波ノイズが取り除かれ、安定したトリガが得られることがわかります。
もちろんこのフィルターは表示される信号には影響しません。

単純な設定ですので、クロックなどの単純な連続波形では安定してトリガを得られますが、少し複雑な波形ではどうでしょうか?

データ列信号を観測する

図20 クロックとデータ信号の観測

図20のようにクロックの立ち下がりでデータを取り込む場合を考えてみましょう。
この場合、CH2のジッタなどの様子を観測したいからとCH2をトリガにしてはいけません。

図21はデータ (CH2) の立ち上がりをトリガにした結果です。
データには時間方向の振れ (ジッタ) がありますが、トリガ・ポイントでは吸収されてしまい表示されません。逆にクロックにジッタが出ています。
そこでトリガをクロック (CH1) に変更した結果が図22です。
クロックは安定し、データのジッタが明確に表示できました。
このようにしてデータ全体の動きを重ね書きで評価できます。目のようなパターンになるので「アイパターン」と呼ばれ、特に高速シリアルバスの評価で使われます。

図21 データ (CH2) をトリガ

図22 クロック (CH1) をトリガ

データ列だけを安定して取り込むには

図23 のように0/1パターンで構成される信号列では、エッジ・トリガではすべてのエッジ(プラス、またはマイナス)がトリガになりえます。
そのため繰り返し表示をすると多くの信号がランダムに重ね書きされてしまいます。

図23 エッジ・トリガでは不十分な例

図24はパルス列をエッジ・トリガで観測した例です。
これでは波形全体の雰囲気はわかりますが、時々刻々変化する波形を重ね書きでしか観測できません。
例えば、パルス列の先頭でトリガをかけるにはどうすれば良いでしょうか?

図24 エッジ・トリガでパルス列を観測した例

解決策を次回で考えましょう。

執筆者

渡邊 潔氏 (ワタナベ計測コンサルティング代表)
東京農工大学工学部電子工学科卒業後、計測器メーカーに入社。
電子計測のコンサルティング営業、アプリケーションエンジニアなどを経験後、 計測コンサルタントとして計測器の選定アドバイス、使いこなしセミナーなどを年間数10回実施。
主に電機メーカーのエンジニアへ向けたセミナーは累計500回以上、受講者は6000人を超える。
また、技術系雑誌のライターとしても記事の執筆を手掛け、著書も多数。

「目指せ!電子計測のエキスパート」他のコラムは下記リンクからご覧いただけます
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