目指せ!電子計測のエキスパート 第1回 エンジニアのマザー・ツールはマルチメーター&オシロスコープ

第1回 エンジニアのマザー・ツールはマルチメーター&オシロスコープ ~デジタル・マルチメーターとオシロスコープを使うスキルはエンジニアとして必須事項~

シミュレーションと実回路の違い

今日ではSPICEなどのシミュレーターで回路設計を行います。
簡単な回路、周波数の低い回路では設計通りに回路は動作するでしょう。

抵抗や、特に寄生成分が問題になるキャパシタでは容量や寄生抵抗、寄生インダクタンスも部品メーカーから提供されるパラメータをシミュレーターに反映すれば、より正確なシミュレーションが可能になります。

図1 実際のキャパシタの簡単な等価回路

シミュレーターには電圧プローブや電流プローブが用意されていて、任意の箇所の計算上の電圧・電流波形が表示できます。

しかし複雑な回路、周波数がある程度速い回路、さらにアナログ信号を含む (もともと人間の周りの事象はアナログです) 回路では、シミュレーション通りに実機が動くとは限りません。

いろいろな計測器を使って電気の動きを確認することが大切です。

電気の基本要素である電圧・電流・抵抗を数値で測るマルチメーターと電気の変化が分かるオシロスコープはエンジニアのマザー・ツールといわれるくらい、エンジニアとしては使い方をマスターしておきたい計測器です。

理想通りではない電源回路

電子回路を正しく動かすには電源回路がしっかりしていなければなりません。

動作が何かおかしい時に最初に確認すべきは電源電圧と電源ノイズです。
電圧を測るにはマルチメーター、ノイズを確認するにはオシロスコープです。

動作が変化した時に不具合が起きるとき、最初に確認すべきは電源の動作でしょう。

不確定、見えない電気要素がある

図2 共通インピーダンスを形成する共通配線

部品には値のずれがあります。
特にキャパシタの容量はバラツキが多く、また温度により変化します。

もうひとつは配線です。
プリントパターンの配線の寄生インダクタンスや線間の浮遊容量が影響するかもしれません。
さらにパターン設計が不適切で共通インピーダンスやグラウンド・ループが生じることがあります。

シミュレーター上では存在しない電気要素があることになります。

高速信号で顕著になること

図3 ノートパソコンのヒンジ部分を通るLVDS

最近では動画信号などを高速で伝送するケースが多くなりました。
例えば、ノートパソコンのヒンジ部分に通せるケーブルの本数は限られるため、8ビット単位でパラレル⇒シリアル変換することでケーブル本数を減らし、10倍の速度で伝送します。
またEthernet、USBなども高速シリアル信号で、配線の長さやインピーダンスも注意が必要です。

図4 10GHzでは1cmで信号が反転

信号を送るバスは高速化し、USB2.0の伝送速度は480Mbpsでしたが、USB3.2では40倍の20Gbpsになりました。
20Gbpsではデータの最高繰り返し周波数は半分の10GHzになります。

10GHzの周期は100ps、信号の速度は光速の70%程度なので、1cmの線路で半周期の時間ずれを生じます。
配線の長さが即動作に影響します。

さらにインピーダンスの不整合による反射をコントロールしないと信号波形がゆがみ、伝送エラーを起こします。
またケーブルによる減衰もあります。

このような事例がありました。

「高速バス (PCI Express) を使ってコントローラの機器を接続しているが、短いバスケーブルでは動かない、長くすると動く。」
高速オシロスコープを使って原因が分かりました。
反射により波形ひずみが起こっていたのです。
長いケーブルでは時間ずれにより、偶然受信端で波形劣化が少なくなり通信できていたのです。

反射を考慮したCMOS回路

消費電力を抑えることができるCMOSデバイスでは、伝送エラーを起こさないマージンを持った上で、信号の反射によるひずみを前提とした設計になります。

もはやデジタル信号であってもアナログ信号として扱わなければなりません。

図5 入力インピーダンスが高く、低消費電力もCMOSでは反射が前提

電圧・電流・抵抗を高確度で測れるマルチメーター、しかし・・・

最も基本的な計測器はデジタル・マルチメーターです。
電圧・電流・抵抗を比較的正確に測ることができます。

図6 ハンディ型とベンチチップ型のデジタル・マルチメーター

この「比較的正確」という意味は「確度の高い計測を行うには条件がある」ということです。

計測器を正しく扱うためには、計測原理を理解することが早道です。

デジタル・マルチメーターの基本動作は直流電圧計測です。
直流電圧以外の交流電圧、電流、抵抗は直流電圧に変換して計測します。
どれくらい正しく変換できるかがキーになります。

計測器の入力インピーダンスに着目

図7 理想的な電圧計の入力インピーダンスは無限大

理想の電圧計の入力インピーダンスは無限大です。

古典的な針式のアナログメーターに比べれば、デジタル・マルチメーターの入力インピーダンスは非常に高く、10MΩが一般的です。
10MΩといえば絶縁に近いと思いがちですが、計測する相手のインピーダンスが高い場合は十分とはいえなくなります。

図8 理想的な電流計の入力インピーダンスはゼロ

理想の電流計の入力インピーダンスはゼロです。

電流計測では回路に直列に抵抗を挿入し、電流を電圧に変換します。小電流の場合にはより大きな抵抗が入ることになりますが、この抵抗が回路の動作にどの程度影響するのか?
これらの点に配慮しないと誤った計測をしてしまいます。

正確な波形を表示するための第一歩は、適切な周波数帯域のオシロスコープを選ぶこと

職場にはいろいろな性能 (周波数帯域) のオシロスコープがあると思います。
計測器メーカーからは同じシリーズで周波数帯域を変えた製品が出ています。
オシロスコープの性能は周波数帯域といっても良いでしょう。

ところがオシロスコープは「時間vs電圧」を表示する、時間変化を測る計測器です。

少し計測器に詳しい方なら、周波数帯域とは振幅が約70% (-3dB) になる周波数ということはご存じかもしれません。
またクロック周波数の10倍の周波数帯域が必要と考える方もいるでしょう。

本当に必要な周波数帯域とは、「測りたい波形の変化を抑えたパルス応答特性、それを実現できる周波数帯域」のことです。

図9 信号は周波数帯域の影響を受ける

次のステップは適切な設定を知ること

こんな話がありました。

「スイッチングを使ったパワー・エレクトロニクスの製品のサプライヤとユーザーが同じオシロスコープを使って評価したのだが、計測結果が大きく異なる・・・」

実は電圧軸・時間軸の設定が不適切だったのが原因です。

デジタル・オシロスコープでは内部のA/D変換器で信号はデジタル変換されます。
このA/D変換器は変換速度を優先した高速サンプリング設計になっているため、電圧分解能は高くありません

波形再現性を高めるために、感度などを適切に設定しなければなりません。

また高速サンプリングゆえ、音楽や画像データのように記憶容量が多いHDDやSSDに垂れ流しで記憶することはできません。
波形メモリの容量には限度があります

長時間のデータを取り込むにはサンプリング速度を落とさなければなりませんが、信号の変化速度に最低必要なサンプリング速度は守らなければなりません。

図10 オシロスコープの内部構造

プローブが正確に信号をピックアップできなければ意味が無い

オシロスコープにはチャンネル分のプローブが付属します。
プローブをそのままオシロスコープに取り付けていませんか?

プローブはチャンネル入力のマッチング (補正) 調整を行わないと周波数特性がフラットになりません。
プローブの調整ではなく、プローブとチャンネルの組み合わせでの調整です。

プローブはインタビュアーに似ています。
相手からできるだけ正確に、過不足無く話を引き出し、加飾することなくレポートにまとめます。

プローブも相手の電気回路の動作に影響を与えずに、あるがままの信号情報を取り出すことができればベストです。

しかしプローブも電気回路です。
回路に接続することで程度の差はあっても動作に影響を与えます。
マルチメーターの入力インピーダンスの影響と同様です。

さらにプロービングで使用するアクセサリーも寄生インダクタンスなどをもつ電気要素と考えられ、共振現象で波形をゆがませることがあります。

図11 プローブで起こる波形ひずみ

以上のことをすべて守って、初めて適切な波形計測が自信を持って行えます。

オートセットアップから卒業して、エンジニアとして自信を持って計測業務を行えるスキルを身に付けましょう。

執筆者

渡邊 潔氏 (ワタナベ計測コンサルティング代表)
東京農工大学工学部電子工学科卒業後、計測器メーカーに入社。
電子計測のコンサルティング営業、アプリケーションエンジニアなどを経験後、 計測コンサルタントとして計測器の選定アドバイス、使いこなしセミナーなどを年間数10回実施。
主に電機メーカーのエンジニアへ向けたセミナーは累計500回以上、受講者は6000人を超える。
また、技術系雑誌のライターとしても記事の執筆を手掛け、著書も多数。

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