目指せ!電子計測のエキスパート 第3回 基本の基本、マルチメーターを使いこなす
第3回 基本の基本、マルチメーターを使いこなす ~桁数が多く、カタログ・スペックが高いマルチメーターでも要注意!~
測る行為が誤差を招く
温度を測る場合の誤差を考えてみましょう。
家庭のお風呂に入る場合、手を入れて湯加減が良くても、身体を沈めるとぬるくなってしまいます。
温泉の大きな浴槽ではそんなことはありません。
コップに入ったお湯の温度を測る場合も同じです。
室温で保管した温度計の温度は室温と同じ。
そのため温度計センサ周辺のお湯の温度は下がってしまいます。
いくら温度計が正確でも、これではお湯の温度を正確に測れません。
このような「計測器自体が、測りたい回路の動作に影響を与える」ということを常に考慮しなければなりません。
図2は代表的なテスターです。
主流はデジタル式ですが、針で表示するアナログ式も市販されています。
一般的にデジタル式は確度が高く、また入力抵抗も高く、性能的には優れています。
ベンチトップ型の中級モデル以上になると桁数と確度が向上するだけでなく、測定速度が速くなり、外部PCでより高速にロギングができるようになります。
さらに測定確度を改善する機能が搭載されています。
理想の電圧計・電流計とは?
図3の回路で抵抗両端の電圧と流れる電流を測る場合を考えてみます。
- 理想の電圧計は一切電流を吸い込まない
- 理想の電流計は一切電流を妨げない
この点でデジタル式はアナログ式より優れていますが、それでも意外な誤差を招くことがあります。
今でも市販されている針式のアナログ・テスター
デジタル式が主流になった今でも針式のテスターは市販されています (図4)。
電圧・電流の目盛りは共通、抵抗目盛りは別になります。
アナログ・テスターの基本は直流電流計です。
図5のような構造のコイルに電流を流します。
コイルの周囲には磁石があり、フレミング左手の法則で電流値に比例した回転力が発生し、モータのように回転、スプリングの反力と釣り合う位置で止まります。
感度を上げ軽くするために、細い導体で巻き数を多くするので、内部抵抗が数100Ω~数kΩになり、内部抵抗ゼロの理想からは離れています。
図4のテスターの場合、最高感度では図7のように60uAでフルに針が振れます。
逆に0.3 Vを加えると60μAの電流が流れ、入力抵抗5kΩの電圧計としても動作します。
5kΩという抵抗値は電圧計としては小さく、理想からは離れています。
改善するためにバッファ・アンプを組み込み、入力抵抗を改善した上位機種もあります。
大きな電流を測る場合には図8のように並列に抵抗を入れます。
内部抵抗の1/499の抵抗を並列接続すると、電流全体の99.5%はこの抵抗を流れますので、感度を1/500に、つまりレンジを500倍に拡大できます。
電圧計として使う場合には図9のように直列に抵抗が入れ、電圧を電流に変換しています。
この場合でも電圧計としての入力インピーダンスは50kΩしかありません。
入力インピーダンスの点でデジタル・マルチメーターに比べて不利と言えるでしょう。
確度は最高級の針式メータで0.1%くらいなので、デジタル式に比べても劣ります。
このように性能の面からは優れた点が無いアナログ・テスターですが、長所が無いわけではありません。
それは接触不良などの導通チェックです。
アナログ式では針がすぐに反応し確認がしやすくなります。
デジタル式でも音による導通をチェックはできますが、アナログ式は感覚的に捉えることができます。
デジタル・マルチメーターによる電圧測定の原理
デジタル・マルチメーターの基本は直流電圧測定です。
測定イメージは図11です (製品では入力インピーダンスを高めるバッファローアンプを経由します)。
入力電圧は高分解能のA/D変換器で測定されます。
通常、入力インピーダンスは10MΩ程あり、回路のインピーダンスが高くなければ影響は大きくありませんが、注意が必要なケースがあります。
ハイ・インピーダンス回路に注意
図12の回路で下の抵抗の両端電圧を測るケースを考えてみます。
デジタル・マルチメーターの入力インピーダンスは10MΩです。
抵抗が1kΩの場合は10000倍のインピーダンスになるので、電圧測定に与える影響はわずか0.01%です。
実測結果は印加電圧1.56Vの1/2、0.78Vになり問題ありません。
図13のように抵抗が1MΩの場合、実測結果は予想値より低くなりました。
入力抵抗10MΩは10倍にすぎず、このため大きな誤差が生じてしまいます。
この場合、図14のように入力抵抗を1000倍の10GΩに切り替えることで対応できます。
なぜ10MΩ/10GΩ切り替えがある?
高い入力抵抗が有利なら、なぜ常時10GΩにしないのか?
実はデジタル・マルチメーターより流れ出る漏れ電流があり、入力抵抗が高い程、漏れ電流による高い電圧が発生し誤差の原因となります。
そのため通常10MΩで使用、回路インピーダンスが高い場合に10GΩに切り替えて使用します。
交流電圧の測定ではデータシートを確認
交流電圧は直流に変換して測定されます。
実効値に変換するのが筋ですが、安価な製品では平均値に変換されます。
このため正弦波では正しく測定できますが、ひずんだ信号では正しく測ることができません。
また測定可能な周波数にも制限があります。
これらの点はデータシートに記載されています。
電流測定の原理
電流測定では、図15のようにシャント抵抗と呼ばれる抵抗に電流を流し、電流を電圧に変換して測っています。
シャント抵抗の値は測定レンジで変化します。
シャント抵抗の影響を確かめてみます。
図15の回路で抵抗に流れる電流を測定する場合、電流の予想値はI=R/Eより0.75mAです。
0.75mAなのでマルチメーターのオートレンジ機能では測定レンジは1mAになり、分解能を高く測定できます。
ところが実測結果は予想より低い電流です。
この製品では図17のようにシャント抵抗の影響を「負担電圧」と呼ばれるシャント抵抗で発生する電圧で表示しています。
計算から求めたシャント抵抗は1mAレンジでは<110Ωになります。
これは2kΩに対して5%もの影響になります。
電流レンジをマニュアル操作で10mAにすると、電圧分解能は落ちますがシャント抵抗は5Ω以下になり、測定結果は真値に近づきます。
このようにシャント抵抗と回路のインピーダンスの関係を考慮することが電流測定のキーになります。
抵抗測定の原理
抵抗値を電圧値に変換するために、図19のように内部の定電流源を使います。
測定したい抵抗の両端には抵抗値に比例した電圧が発生します。
この電圧値から換算して抵抗値を求めています。
低い抵抗を測る場合には、テスター本体のゼロずれやテスト・リードの抵抗が誤差を招きます。
必ずテスト・リードをショートしてリファレンスを取るなどの準備をおこないます。
方法は機種により異なるのでマニュアルで確認しましょう。
数Ω以下の低抵抗測定では4端子法
抵抗の測定ではテスト・リードを使いますが、数Ω以下の低い抵抗を測る場合、測定結果が安定しないことがあります。
図20のようにわずかなテスト・リードの抵抗値や、本体-テスト・リード間、テスト・リード先端-抵抗間の接触抵抗が測定に影響します。
接触抵抗は不安定なため、測定結果も不安定になります。
4端子測定のできるデジタル・マルチメーターにはSENSE端子が設けられていて、図21のように別のケーブルでSENSE端子と抵抗の両端を接続します。
もちろんこのケーブルにも接触抵抗などの不確定要素はありますが、電圧計の入力抵抗に比べると無視できる程わずかな値です。
そのため抵抗Zの両端電圧はほぼそのまま測定できます。
電流は一定なので安定して抵抗Zを測ることができます。
安全・便利に使用するためのアクセサリー
デジタル・マルチメーターにはテスト・リードが付属しますが、別売で先端を交換できるタイプが用意されています。
ターゲットの形状に合わせたクリップが選べます。
特に高電圧測定では感電に対して安全性が考慮されたクリップを選ばなければなりません。
また同軸ケーブルを接続する変換コネクタもあります。
マイナス側は絶縁されないので取り扱いには注意が必要です。
まとめ
便利で比較的確度が高い計測ができるデジタル・マルチメーターですが、原理を理解することで自信を持って確実に業務を進めることができます。
特に入力抵抗 (インピーダンス) の影響は多くの計測器に配慮しなければなりません。
次回以降でより詳しく解説したいと思います。
執筆者
渡邊 潔氏 (ワタナベ計測コンサルティング代表)
東京農工大学工学部電子工学科卒業後、計測器メーカーに入社。
電子計測のコンサルティング営業、アプリケーションエンジニアなどを経験後、 計測コンサルタントとして計測器の選定アドバイス、使いこなしセミナーなどを年間数10回実施。
主に電機メーカーのエンジニアへ向けたセミナーは累計500回以上、受講者は6000人を超える。
また、技術系雑誌のライターとしても記事の執筆を手掛け、著書も多数。