開発秘話 DLM3000シリーズオシロスコープ後編

エンジニアに直撃取材!知られざる開発秘話

4.さらに速く、もっと速く(回路設計について)

———オシロスコープの核とも言える測定回路。設計・開発ではどのような点が難しいですか?

横河計測株式会社 幸山氏
幸山 敏紀 氏
横河計測株式会社
技術開発本部 第1技術部
ハードウェア開発1Gr

幸山:測定信号の高速化に伴い、回路への要求レベルが厳しくなっている点に尽きます。オシロスコープでは極めて高速な信号を扱うのですが、当然ながら内部の回路はそれに伴った高速動作が求められます。最新モデルDLM3000では、前機種からサンプリング性能を向上させているため、内部回路全体にわたって、データを処理する能力を大幅に引き上げなければなりませんでした。また、従来モデルでは主にアナログ回路で実現していたトリガ機能をDLM3000ではフルディジタル化し、性能アップと種類の拡張を行いました。これらを実現するための回路への要求は厳しいものがあり、多くの回路を根元から設計しなおす必要がありました。
また、オシロスコープはレスポンスがよいことが大変重要なファクターです。「見たいときに見たいものが見られない」というのはユーザーにとって大きなストレスにつながりますから、内部で高速なデータ処理を行う一方で、いかに表示までのリードタイムを短くするかにも腐心しました。

———トリガの開発はどのあたりに苦労されたのですか?

幸山:例えば自動車で使われているシリアルバス通信にはさまざまな規格があり、それぞれ通信方式が異なっています。多くは一定時間ごとに信号のレベルをHigh<->Lowと変化させてデータ通信を行いますが、パルス信号の幅自体を変化させて情報を伝える方式のものもあります。また、対象となる信号のエッジがトリガ条件かつ時間判定開始条件となるトリガ(インターバルトリガ)も新たに開発しました。このように多種多様な信号を正しく認識するために、時間処理においても2.5GS/s(400ps)単位で処理することにより判定の精度を向上させています。
これらに対応するために、トリガ機能の開発はトータルで1年ほどの時間がかかりました。

———トリガだけで1年ですか! そのような苦労の中、幸山さんの仕事に対するモチベーションとは何ですか?

アナログ入力とロジック入力を組み合わせた多彩なトリガ機能を搭載しているDLM3000
DLM3000はアナログ入力とロジック入力を組み合わせた多彩なトリガ機能を搭載している

幸山:実は私、オシロスコープ自体が好きなんです。開発者として主に担当しているのはデジタル回路の中の高密度集積回路(LSI)のロジック、つまりオシロでは直接測定できないところなのですが、実装後の全体チェックではオシロによる測定が欠かせません。つまり、私たち自身がオシロユーザーでもあるわけです。ですので、製品をお使いいただいているお客さまの気持ちをいろいろ想像することができます。オシロを使っていて自分たちが困っていることは、ユーザーの方もきっと困っているだろうなあと…。それを解決できるこんな機能があればいいな、というアイデアがたくさん出てくるので、開発中の製品にこっそり組み込んでしまいたくなることもあります(笑)。

5.ユーザーの変化で、求められる「使い勝手」も変わってきている(ユーザーインターフェースについて)

———DLM3000からはタッチスクリーンが搭載されましたが、それによって変わったことはありますか?

横河計測株式会社 遠藤氏
遠藤 誠 氏
横河計測株式会社
技術開発本部 第1技術部
ソフトウェアデザインGr マネージャ

遠藤:先ほど小野も話していましたが、すべてをタッチスクリーンにしてしまうとかえって使い勝手が悪くなることもあります。なので、バランス感覚をもって、これはタッチスクリーンで、これはハードキーで、といういいあんばいの配分が重要だと思っています。

———ユーザーの変化は、ユーザーインターフェースに影響を与えましたか?

遠藤:はい。こちらのほうの影響が大きいかもしれません。かなり昔の話ですが、ちょうどユーザー層が弱電系からメカトロ系に変化した過渡期のころに、あるオシロの新機種開発を行ったことがありました。
「オシロはエンジニアの刀」と言わんばかりに、「やりたいことは何でもできる」玄人受けのするはずの製品を作り上げ、自信を持って世に送り出したのですが、ふたを開けてみると当社の経験豊富な営業担当者ですら「難しすぎてデモができない」という声が上がってしまうくらい、使いこなすのが難しい製品になってしまいました。結果的に、当時増えつつあったメカトロ系のお客さまにはあまり受け入れられず、優れた製品ではあったと思いますが、ビジネス的には苦戦することとなりました。
そのときの反省を生かして、以降の製品では、表向きにはたとえ初心者の方でも使いやすい、わかりやすい操作性とする一方、高度な機能は一段奥まったところに配置し、使い込むことで「便利な機能が見つかる」というようにユーザーインターフェースを工夫しました。
ちなみに、先にご紹介した玄人向けモデルも、一部のコアなお客さまには大変気に入っていただいていて、今でも後継モデルを望む声を頂戴することもあります。さすが「エンジニアの刀」ですね(笑)。

———「オシロには、今まであまりなじみがなかったが、最近使い始めた」という初心者レベルのお客さまは増える傾向なのでしょうか?

横河計測株式会社 遠藤氏、佐藤氏、小野氏

遠藤:そうですね。これまでお話してきた自動車業界もそうですが、蛍光灯からLEDにシフトしつつある照明の分野なども最近になってデジタルオシロが使われ始めた業界だと思います。

佐藤:最近使い始めた方は、正しいプロービングのやり方を理解されていない方も多く、当社が行っているセミナーでお教えすると、とても喜ばれますね。

小野:セミナーが好評というのは私もよく聞きます。その点で言えば、開発から使い方のフォローまでカバーできるのは国内メーカーの強みではないかと思います。

6.実は生産性を高める機能がいっぱい(開発者オススメの機能)

———DLM3000はトリガ機能が充実したとありましたが、他にもオススメの機能はありますか?

横河計測株式会社 柳生氏
柳生 浩 氏
横河計測株式会社 技術開発本部
マーケティング部 商品企画1グループ

柳生:私はカタログを担当しているのですが、ちょっと残念に感じているのが、カタログでも目立つようにオススメしている機能が、あまり使われていないようなんです。幸山や小野も言っていますが、当社のオシロはユーザーさまのご要望を元に開発した便利な機能がたくさんあるのですが…
この場を借りて、ぜひ紹介させてください!


一同:(笑)

遠藤:その観点から言えば、「ヒストリ機能」ですかね。

柳生:そうですね。カタログの最初の部分に載せているのですが…。

一同:(笑)

遠藤:なぜかあまり知られてないのですが、この機能、過去の波形を最大10万枚分メモリーに保持しています。ゾーンや波形などの条件で検索も簡単にできるので、後で呼び出して、正常波形と異常波形を比較することも簡単にできるようになっています。
近年では競合他社も類似の機能を搭載してきているのですが、検索機能まで含めてここまで充実させているところはありません。これはぜひ使ってほしい機能のNo.1ですね。


幸山:スナップショット機能もオススメですね。表示している画像をカメラで撮る感覚でそのままメモリーに保存して、ファイルとして読み出せるので、プリントアウトしなくてもあとで参照できますし、比較も簡単にできるので、重宝すると思います。

・おすすめ機能1「ヒストリ機能」:過去に取り込んだ波形(ヒストリ波形)を最大100,000個、アクイジションメモリーに保持し、「さっきの波形をもう一度見たい」を可能に。サーチ機能も充実。
・おすすめ機能2「スナップショット機能」:画面右下のカメラマークのキーを押すと、その時に表示されている波形を画面に白いトレースで残すことができる。
オートセットアップ後のCAN FD解析画面の例
おすすめ機能3「オートセットアップ機能」:ビットレートや電圧レベルなどの面倒な初期設定は一切不要。DLM3000が自動で入力信号を判断しセットアップする。設定時間を大幅に短縮するだけでなく、設定ミスの防止にも。

遠藤:生産性を上げるといえば、シリアルバス測定のオートセットアップ機能ですかね。トリガ、デコード表示の設定を数秒でフルオート設定してしまうインテリジェント機能です。

幸山:自分たちが使っていても、とても楽だなと感じますね、あれは。普通に設定を行ったら、最低でも1~2分、操作がよくわからなければ数分はかかりますから。

佐藤:便利な機能である分、開発段階での動作検証が大変でしたけど。

一同:(笑)

遠藤:この機能は、測定するシリアルバスの様子がわかっていないときでも、“アタリ”がつけられるのが大きなメリットです。以前に、当社営業担当者がスコープコーダーDL850という製品でシリアルバス測定を行うデモをお客さまにお見せしようとしてなぜかうまくいかず、たまたま持参していたDLM3000のオートセットアップ機能を使って原因を突き止め、DL850のデモがうまくいったそうで、この機能のありがたさに感動したという話を聞いたこともあります。
せっかくの便利機能なので、ぜひどんどん使っていただきたいです。


———最後に、皆さんのオシロスコープへの思いをお聞かせください。

遠藤:私が入社後にオシロ開発の部署に配属されたのは偶然だったのですが、オシロは電子機器の開発には欠かせないものであり、30年近く携わってきた今になって振り返ると、オシロの開発をやっていてよかったなと感じます。

佐藤:正しい波形をきちんと測定することほど面白いものはありません。また、自分で開発して、評価し、面倒を見る。開発は苦しいことも多いですが、好きだからこそ、楽しく続けられているんだと思います。

小野:オシロスコープは汎用機だからこそ、使い勝手や性能などのバランスが求められていると思います。私は機構設計なので、これらに加え製造部門からの組み立てのしやすさについての要求にもこたえていかなければなりません。すべてのバランスを取りながら設計する、そこに面白みを感じていますね。

幸山:先ほどもお話したように、オシロ好きなので、オシロ開発に携われてよかったと思います。特に自分が考えたロジックがうまく動くとわかったときは最高ですね。ただそんな私でも、最近当社の採用試験に来た学生さんが「Myオシロ」を持っていると聞いて、ちょっとびっくりしました(笑)。

柳生:カタログ担当として、開発チームの皆さんが苦労して作ったオシロの魅力をもっともっとわかりやすく伝えていきたいと思っています。YOKOGAWAのオシロは、みんなで作って、みんなで売るために努力している。そんな製品です。ぜひ、実機に触れて、機能や使いやすさを実感していただきたいと思っています。

———インタビューありがとうございました。

横河計測株式会社本社前にて
横河計測株式会社本社前にて
インタビュー後記

DLM3000は単純な旧モデルからのアップデートではなく、回路の根元から設計し直していたとは驚きです。ハイレベルな技術的要求であっても、自身がオシロスコープのユーザーであるからこそ、より使いやすく良いものを作りたいという思いが原動力となって取り組まれているのだと感じました。
高機能を携えながらも、使い勝手はシンプルにという工夫は、多業界で使用され、初心者から熟練者まで幅広い層が使うオシロスコープだからこその工夫なのですね。
皆さん大変な苦労をしながらも、生き生きと楽しそうにお話しする姿が印象的でした。一つの理想のオシロスコープをチームで協力して作っていく横河計測株式会社。DLMオシロスコープの新たな魅力を再発見できました!

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