開発秘話 CX3300 シリーズ デバイス電流波形アナライザ(後編)
二つの世界トップレベル技術が実現する、
省電力機器開発の高度化と、技術者の働き方改革(後編)
キーサイト・テクノロジー株式会社
キーサイトが誇る電流測定技術の粋を集めたデバイス電流波形アナライザ“CX3300シリーズ”。前半では、広帯域・高精度でかつ長時間測定が可能なセンサとハードウエアの技術について開発されたご担当者にお話を伺いました。
後半では、数TBに上る長時間波形測定のデータ結果を瞬時に表示できる、世界初の機械学習AIをつかったAnomalous Waveform Analytics(異常波形解析機能)「どこでも」ズーム機能、そして今後の展望についてお話を伺っていきます。
1.世界初!大量の計測データをAIで高速処理
———大量の長時間波形測定データを集められるようになって、今度は解析・表示が課題になったそうですね。
後藤:大量に測定データが集まったら、そのデータをいかに活用するかが重要です。測定器をお使いの皆さんはよくご承知だと思いますが、そのデータの山から、動作不良や不具合の原因となる異常値をいかに早く見つけられるか、そして設計や品質改善に早くフィードバックできるかが、アナライザによって重要なポイントだと思います。
しかし、計測したデータは数TBですから、普通のやり方をしていてはスーパーコンピューターを使っても時間がかかります。そこブレイクスルーするために使ったのが、機械学習によるAIでした。
———計測器でAIを使われた、というのはあまり耳にしませんが。
後藤:
たぶん、製品化したのはCX3300シリーズが世界で初めてだと思います。
計測器へのAI利用は以前からいろいろなところで取り組んでいるようですが、いずれもうまくいっていないようです。
実際、IEEEのデータマイニング学会やビッグデータ学会で発表されているAIアルゴリズムの論文を片っ端から取り寄せて読んでみたのですが、いずれも100Sa/sぐらいまでの処理速度で、CX3300シリーズが扱うようなMSa/sオーダーの測定データをリアルタイムで扱えるようなものがありませんでした。
———計測データの処理にAIが向かないということでしょうか?
後藤:
そうではありません。いずれも、ディープラーニングを使ってアプローチしていたのですが、計測データの処理にはディープラーニングが向いていなかったということなんです。
ディープラーニングは画像認識など、あいまいさが大きいものに対しては効果が高いのですが、計測データは明確に数値化されたデータですので、ディープラーニングよりも機械学習のほうが適切でした。
そこで、AIを専門にしているソフト開発者にいろいろとあたったのですが、みな口をそろえて、「すでにAIアルゴリズムはたくさんありますから、それを使ったほうがいいです。今から新しいアルゴリズムを開発するのは絶対やめたほうがいい」と言います。仕方ありませんので、自分で開発することにしました。
———後藤さんはもともとAIに詳しかったのですか?
後藤:
もともとはアナログ回路の開発者です(笑)。ただ、30年ぐらい前、ニューラルネットがはやったころから個人的に興味があって、いろいろと研究を続けていました。ディープラーニングもやったことがあります。
機械学習についても5年ぐらい前から研究していたのですが、当時は特に目的があったわけでなく、ニーズがあれば役に立つだろうぐらいの気持ちでした。当社のルーツであるヒューレット・パッカードの研究開発の伝統を当社も受け継いでおり、当たり前のようにやっていました。
———AIはどのように使われているのですか?
後藤:
計測データをリアルタイムで処理をして、同じような波形を分類していく「クラスタリング」を行っていきます。この分類を「教師データなし機械学習」によって行っています。測定データというのは常に異なるものですから、教師データというのは参考になりません。このことがディープラーニングとの相性が悪かった理由でもあります。
このクラスタリングでは、波形パターンを2つから最大12まで分類が可能です。週末をはさむような長時間測定ですと、1800万波形パターンぐらい記録されますが、このクラスタリングで分類された波形パターンで検索すれば、発生回数が少ないものでも瞬時に見つけることが可能です。
基本的に計測器による波形観測は異常値を見つけることが目的ですから、このAIによるAnomalous Waveform Analytics(異常波形解析機能)は異常な波形を見つける時間を著しく短時間にすることが可能です。従来の解析ツールや手法でしたら、このような大量な測定データを解析したり、異常値を検索するのがそもそも難しかったり、仮にできていても、とんでもない時間がかかっていたと思います。
———「クラスタリング」による分類は他にもメリットがありますか?
後藤:
波形の分類ができますので、発生のタイミングや時間なども容易に把握できるようになり、発生条件の絞り込みがしやすくなっています。例えば、ある回路では17時間に17回だけという非常にまれなタイミングで発生する異常波形がありましたが、タイミングなどの発生条件の絞り込みが簡単にでき、原因を特定して、不具合修正を設計に反映するということが素早く、容易にできるようになりました。
他にも、リレーなどは経時劣化していくものですが、波形の変化によって、その兆候を把握することが可能です。今後は、故障予測などの分野においても、この機能を使えるようになればいいなと考えています。
2.新しい使い方を、ユーザーが教えてくれる
———長時間・広帯域・高精度の測定機能と、Anomalous Waveform Analytics(異常波形解析機能)で開発現場の働き方改革が実現できますね。
後藤: そう思います。金曜日に仕掛けて、週末はゆっくり休み、月曜の午前中には異常ポイントを見つけられます。これまでのデジタルオシロスコープやデータロガーではとても実現できなかった長時間・広帯域・高精度の測定の両立と、その長時間波形データの解析がCX3300シリーズによって実現できていると思います。
———CX3300シリーズは実際どのような現場で使われているのですか?
佐藤:
初代のデバイス電流波形アナライザは2016年に発売を開始し、さまざまな電子機器開発の場で使われています。近松や後藤の話にもあったように、これまで見ることができなかった詳細な電流・電圧波形、事象が測定、観測できるようになったことから、開発した私たちの想像を超える使われ方がされています。
例えば米国でこんな事例がありました。ある補聴器のメーカーが、動作時にノイズが聞こえるという課題を抱えていました。そこでCX3300を使って測定したところ、補聴器に内蔵されているICチップ動作時に回路内を流れる微弱な電流が発生させる磁界に、ボイスコイルが同調した結果、MHzオーダーのノイズが発生していることを突き止められたそうです。
このように、お客さまの実例を見て、新たなニーズがわかることが多いのが、このCX3300という新しいジャンルの計測器の特徴と言えるでしょう。
———CX3300シリーズならではの、おすすめの使い方はありますか?
近松:
これまでできなかった広帯域・高分解能・長時間の測定と、波形パターン分類による効率的な解析ができるようになったことにより、手探りだった問題が手に取るようにわかるようになりました。
繰り返しになりますが、広帯域を長時間にわたって高精度に測定できるので、週末や夜間に付きっきりになって測定を行う必要がなくなりました。そして測定後は短時間で問題点を見つけることができます。実際、このような開発を行っている方はお分かりになると思いますが、「働き方改革」ができるようになると考えています。
特に、限られた電力と厳しい条件の下で24時間/365日動作する必要があるIoT機器の開発で、性能、動作時間、信頼性検証を行うには大きな力を発揮すると思います。
ぜひ、CX3300の能力を十分に使い切って、効率よく、かつ高い品質の製品開発に役立てていただければと考えています。
インタビュー後記
一般的な計測器では測定できなかった、広帯域・高精度かつ長時間の測定が可能になることによって、今まで見えなかったものが見えるようになり、手探りで調べていた問題点が手に取るようにわかるようになったことで、技術者の働き方すら変革してしまうというCX3300シリーズ。まだまだ、計測器には進化の余地があるのだなと感じさせられた取材でした。
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